混沌

世の中がすさんできている、とか言われるけれど、
そもそも世の中はドロドロと混沌としているものであって、現代社会はそれらを取り繕って危ういバランスで建っている砂の城にすぎない。


きれいな表面の奥にあって、普段はみないようにしているもの、
死、性、欲、破壊、・・・
それらを描いて見せる芸術作品が生み出されることは自然なことだと思う。


昔は、それらを戒めとして宗教画に描いた。
嬰児虐殺
「嬰児虐殺」グイド・レーニ作 (1611年)
268×170cm |油彩・画布/ボローニャ国立美術館蔵 

でも、今はそれらを戒めるでもなく、妙に「すっきり」と描くものが多い気がする。
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「浄相の持続」松井冬子作 (2004年)  29.5×79.3 絹本着色・軸

それらは、まるで記号みたい。
モチーフはタブーを犯しているようだけれど、ドロドロの本質はその現象ではない。

ドロドロの本質は人間の気持ちの醜さ。
でも気持ちの部分を追及されるのは拒んでいる。

やっぱりとりつくろって生きる砂の民なのかな。




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Category: つれづれ

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