近現代染色の展開と現在

つくば美術館で開かれている「近現代染色の展開と現在」(~11月7日)に行ってきました。

染め2
佐野猛夫「氷人氷語」1965年  綿布、反応性染料、蠟染め (展覧会チラシより)

京都にある染色専門の美術館、染・清流館蔵の染色作品が展示されています。



いわゆる染めのイメージである着物や帯に仕立てられた作品は5点のみで、
その他は絵画のようにパネル張りで額が付いたり、六曲一双の屏風になっていたり。

モチーフも伝統柄は少なく、作者の世界観を表したものが多い。

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三浦景生「菜根譚」(左雙) 1984年 白山紬、染料、顔料、蠟染め、ステンシル



一見、既存の日本画、アクリル画といった絵画作品に見える。(これらも綿布や麻布、絹に描くこともあるし)
だからこそ、「なぜ、染め、なのか」という視点で観てきました。


観ていて気付いたのは、布と絵具の関係が既存の絵画と染色作品とで違うということ。

油絵はもちろん、日本画やアクリル画などは絵の具を布の上に乗せて描くので、絵の具の粒子が画面上に見える。
そのため筆のタッチや絵具の盛りによる陰影が現れ、物質としての存在感が観る者に迫る。
ここでは、布は支持体であって、観せるのは絵具です。

一方、染色作品は制作段階では染料や糊、蠟などを布に乗せるけれど、染料が繊維にしみこんだ後はそれらをすべて流してしまう。
観せるのは、布そのもの。
色は布の中にグッと入り込み、物質としての存在感を示すのは表面にわずかに表れる繊維(シルクの光沢、麻の毛羽立ち感)のみ。


だから、絵画のようにパネル張りされると、染色作品は迫力に欠ける。


絵画のようにしても意味がないし、絵画には及ばない。
そのような作品では「なぜ、染め、なのか」という問いに答えられるだけのものがない、と感じました。



その点、福本潮子さんの「春風」「秋風」は染めだからこその観せ方をしていました。
糸の感覚を大きく開けてざっくりと織られた麻布を藍で染め、棒に二つ折りに掛けて展示してある(シーツを物干し竿に干す感じ)。
藍はグラデーションで染めてあるので、手前の布の色と、透けて見えるあちら側の布の色が重なり合う。
その色合いや、少しの風にゆらりと揺れる姿がとても美しい。



染色だからできること。
空気を含めること、風が通ること、覆うこと、包むこと。。。
染色家の方々にはそれらを追究していってほしい。



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Category: おでかけ

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