チケットというシステムについて

いまさらの話題ですが・・・


歌手の玉置浩二さんがライブ舞台上で寝っ転がったり、
暴言を吐いたとしてチケットが払い戻されたということがありましたね。


これってチケットという制度(事前にお金を払い、その後にパフォーマンスがある)
でなければ問題にならないことではないか?



例を出せば、8月に行われたアートタウンつくば。
私はいくつものパフォーマンスを見ました。
その中で自分が「いい!」と思ったパフォーマーには(私なりに)しっかりお金を払ってきました。
けれど、「う~ん」というパフォーマーには一銭も払っていない。


いいパフォーマーには、そのパフォーマンスに対するお礼として、
また今後も活動していってほしいという応援の気持ちとして、お金を払います。

逆に玉置さんみたいに歌もろくに歌たわず「俺のこと嫌いだったら帰って」なんて言われたら、
即スルーです。もちろんお金も払わない!


これがとっても自然なお金のサイクルです。



このことについてギャラリーツープラスの加藤さんも7月11日のブログの中で取り上げていました。
以下、引用です。

「ダンス公演が演者と時間を共有する楽しみのためにあるにも関わらず、「チケット」という制度で、公演を観る楽しみの前にある、『演者にエールを捧げ、体験を分かち合う楽しみ』が削がれてしまう、と感じるのは私だけだろうか?
チケットは、お金の交換そのものだからだ。チケット販売以外に、お金が満遍なく集められる仕組みがないものだろうか?」



チケットというシステムでは、幾公演もするにも関わらず、すべて一律のお金が事前に支払われる。
事前に一定のお金を頂いた以上は、パフォーマーは常に一定のパフォーマンスをしなければならない。


しかし、本来ならそれは不自然で無理なことです。

だからこそ「俺はスーパーマーケットじゃないから。毎日同じ事やってる訳じゃないから。」という言葉が玉置さんから出てきたのでしょう。
(実際、のどを痛められていた?ようですし)


もちろん、意識して体調管理をしっかりして毎回同じようなレベルのパフォーマンスをする方もいらっしゃるでしょうが、それでも不慮の事故もある、お客さんの反応が違えばその空間の雰囲気も違ってくる・・・

(8年ほど前、舞踏家の岩下徹さんの舞台を見に行ったとき、岩下さんが公演中、舞台上の装置で誤って手を切られ、血まみれでパフォーマンスを続けられた、ということがありました。チケットというシステムでなかったら、もっとお金を払ったかもしれない。)



確かにチケット制は主催者側にとって無駄なく、
すべての観覧者からお金を徴収できるシステムだけれども、
合理性・効率性だけではない、気持ちのいいお金のシステムをつくれたら・・・なぁ・・・




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Category: つれづれ

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2010/10/01 (Fri) 09:35 |    SHO's art blog